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2017年12月02日

武侠小説 襄陽城の蘭陵王

武侠小説 襄陽城の蘭陵王

PRノベル時代はライトノベル、時代小説を読めるオンライン小説サイト/ケータイ小説サイトです。息抜きに軽く読める小説がたくさんありますよ

冒頭部抜粋

 武侠小説 襄陽城の蘭陵王     
                   大滝七夕
 一
 
 みぞれが降りしきる中、薄汚れてすり切れた袴褶をまとった巨漢の漕ぐ小舟が長江の支流漢水を遡っていた。
 小舟に乗っているのは、漕ぎ手の巨漢の他、舳先に立った若武者だけである。
 刃のような寒風が若武者の頬を撫でるが、若武者は、後ろ手を組み、みぞれで霞むはるか彼方の水面をじっと見つめたまま身じろぎもしなかった。
 ちぐはぐな若武者であった。漢服である空色の袍衫をまとっているが、頭には、日本の侍烏帽子を頂き、腰刀を差し太刀を佩いている。独り言をつぶやく時は、日本の言葉になるが、巨漢に話しかけるときは、流暢な漢語を話す。
 身の丈は六尺ばかりもあるが、体の線は細い。面長の白く艶やかな肌に、濃い睫毛を宿した柔和な目つきをしており、女のようにも見えてしまう。武芸とは無縁で、書院にこもって科挙の勉強に励んでいそうな書生といった風情の若武者である。
 だが、背がそこそこあるだけの優男だと思って甘く見ると痛い目に合う。見た目とは裏腹に、この若武者は武芸が相当にできるのだ。
 身の丈は七尺、顔つきが仁王像のように厳めしく横幅は若武者の三倍はあろうかという筋骨隆々とした巨漢は、数日前にそのことを身を持って思い知らされている。
「師父。寒くないですか?毛皮があるので着込んでくだせえ」
 巨漢が若武者の後姿を見上げながら漢語で話しかけた。
「不要だ」
 若武者も漢語で答える。
「しかし、師父。襄陽はまだ遠いですぜ。寒風に当たっていてはいくら師父でも風邪をひきますぜ……どうか暖かい格好をしてくだせえ」
「師父、師父とうるさい。俺は、お前を弟子にした覚えはない」
「しかし、師父……いや、しょうに……すけたけ……様がなんとおっしゃろうと、俺は、あなた様を生涯、師父と仰ぐことに決めたのですから」
「少弐資武だ」
 若武者――少弐資武がぴしゃりと言い放つ。
「へい。少弐資武様。日本の言葉はどうも発音しにくくて……」
「岳蒙よ。宋国では、決闘して負けたら弟子にならなければならないという決まりでもあるのか?」
 資武は、相変わらず、目を漢水の彼方に向けたまま、巨漢――岳蒙に質問する。
「いいえ。そうではありません。ただ、俺は、江湖でもそれなりに腕が立つと自負しておりましたが、漢口で師父と手合せした時は、手も足も出ませんでした。海の向こうの日本の武芸があれほど優れているとは……まさに、井の中の蛙大海を知らずというやつで……」
「俺も驚いている。大陸に着いてから何日も船に乗っているのに未だに襄陽に着かぬとは。宋国はいったいどれほど広いのだ?」
 資武がふと感嘆の息を漏らす。
「師父。これくらいで驚いてはいけません。襄陽より南は、華南と言いますが、宋国の領土の半分に過ぎないのです。元々、宋国は、はるか北方、万里の長城まで支配しておりましたが、女真族の金に攻め入られて、国土の半分を失い、金が滅びたと思えば、草原の民である蒙古に攻め入られて、今や風前の灯火……何とも情けない限りです。俺の先祖である岳飛様もさぞお嘆きでしょう……」
「うむ……」

 時は、一二七三年の一月。
 蒙古帝国――元の皇帝フビライは、南宋を併呑せんとして、襄陽に蒙古の将軍アジュを総司令官、華北の漢人史天沢を副将とする大軍を送り込んだ。
 襄陽は、金を滅ぼし、華北を制圧した蒙古軍が南下を試みて以来、約四十年の長きにわたって、南宋の最前線であり続けた。古来より、華北から攻め下り、華南を制圧しようとする者にとっては、真っ先に攻略しなければならない要衝であるが、決して、難攻不落の要塞というわけではない。
 漢水の流れ、頑丈な石積みの城壁に守られているとは言え、華北に数多ある城と構造は大して違いがない。にも拘らず、蒙古軍は、襄陽城を攻めあぐねていた。
「そりゃもう、呂鬼神のおかげですよ。呂鬼神が襄陽にいる限り、蒙古軍が攻め落とすことはできないですよ」
 と、岳蒙が語って聞かせてくれた。
「呂鬼神とな?一体何者なのだ?」
「師父は、後漢末期の猛将呂布をご存知ですか?」
「うむ……赤兎馬にまたがり、方天画戟を奮って、戦場を駆ければ、敵なし。張飛、関羽、劉備の三英雄が束になってかかっても敵わなかったという三国志の逸話なら、日本でもよく知られている」
「呂鬼神は、その呂布の生まれ変わりではないかというほどの猛将なのです」
「呂布の生まれ変わりとな……」
「呂鬼神は、襄陽の守将呂文煥の一族の者だそうですが、本当の正体は不明とか」
「どういう意味だ?」
「呂鬼神は、戦場に出るときは、騎兵甲と兜で身を固めるばかりでなく、鬼神の面をつけているため、その素顔を見たことがある者は一人もいないそうです」
「ほう……まるで美貌を隠すために鬼の面をつけて戦ったという北斉の皇族高長恭こと蘭陵王のようだな」
「へい……それがために、呂鬼神に関しては、江湖でいろいろなうわさが持ち上がっておりましてな。呂鬼神は、醜悪な鬼のような顔だという者もいれば、美貌の青年だという者もいるし、実は女でしかも仙女のような絶世の佳人だという者もいるわけでして……」
「面白い。ますます、襄陽が待ち遠しい」
 小舟の舳先に立った資武は、まだ見ぬ襄陽を待ちわびていた。






武侠小説 襄陽城の蘭陵王


 元寇の危機が迫りつつあった一二七三年の一月。南宋と蒙古の戦いの最前線――呂文煥が守る襄陽城に九州より日本の武士が送り込まれた。城は、呂布の生まれ変わりとも言われ、蘭陵王のように鬼神の面を付けて戦う謎の猛将によって持ちこたえていたが……。中国を舞台にした歴史ファンタジー小説。

 日本に元寇の危機が迫りつつあった一二七三年一月。呂文煥が守る襄陽城は南宋と蒙古の戦いの最前線である。
 九州防衛の責任者である鎮西奉行少弐資能の末子、資武(剣術京八流の遣い手、漢語が堪能)は、父の命により、蒙古軍の実態を探るために観戦武官として襄陽城へ赴く。誠忠岳飛の末裔を自称する好漢の岳蒙、固く城門が閉ざされた襄陽城を自由に行き来できる謎の美少女呂襄と出会い意気投合。二人の案内で襄陽城に入る。
 襄陽城は呂布の生まれ変わりとも言われ、蘭陵王のように鬼神の面を付けて戦う正体不明の猛将呂鬼神の活躍で持ち堪えていた。呂鬼神を打ち破るべく蒙古軍は、華山派の一番弟子史建華(蒙古の宰相 史天沢の孫)を送り込んでくる。戦場で呂鬼神と史建華は、華山派の奥義を以て、互角の戦いを繰り広げる。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
大滝 七夕
法学部在学中に行政書士、宅建等の資格を取得し、卒業後は、行政書士事務所、法律事務所等に勤務する傍ら、法律雑誌の記事や小説を執筆し、作家デビュー。法律知識と実務経験をもとにしたリーガルサスペンスを中心に、ファンタジーや武侠小説などを執筆している。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
posted by 大滝七夕 at 20:13| 今日の小説

2017年11月26日

偽宦官になって紫禁城でハーレム生活

偽宦官になって紫禁城でハーレム生活

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冒頭部抜粋

 偽宦官になって紫禁城でハーレム生活
                  大滝七夕

 1、皇帝の密勅

「本日、天気晴朗なれどもゴミ多しだな……」
 泰山の中腹にある封禅壇に積もった埃を箒で掃きながら小柄な少年が呟いた。腰に全長二尺三寸(約七〇センチ)ほどの剣を下げ、青い道袍をまとっていることからして、泰山にある道観の少年道士であろう。やせっばちで背丈は低く五尺(約一五〇センチ)に届かない。髪は頭の天辺にお団子を作り青い頭巾で覆っている。日焼けしたためか色黒ながら、丸みを帯びた童顔にやや釣り上がりながらもつぶらな子猫のような瞳をしており、一見すると女の子のようにも見える。
 少年は暑い暑いとこぼしながらもせっせと箒を動かした。炎天下の下、日陰のない封禅壇に立っているのは武功を磨いた者でも堪える。だから、さっさと掃除を終わらせようと思っているのだ。
 と、天から妙な固形物が降ってきた。もちろん、雨でも雪でもない。少年が、「はあっ?」と信じられないとばかりにあんぐりと口を開けて、箒を止めた。足元に鼠の死骸の欠片がいくつも転がっている。封禅壇の天辺でガアガアとけたたましい騒音が沸き起こった。無数のカラスが、羽をばたつかせながら下りてきたところだった。
「カラスの馬鹿野郎!俺の仕事を増やすな!」
 少年は憤怒の色を浮かべると封禅壇の天辺に向かって駆けた。
 封禅壇は、ビラミット状に土を盛り、石を積み重ねた巨大な建造物である。封禅――すなわち、皇帝が天と地に自らの即位を知らせ、天下が太平であることを天と地に感謝する儀式を行うためのものだ。
 即位した皇帝が封禅の儀式を行うのは、一度だけ。普段は全く利用されていない無駄な施設であるが、だからと言って、放置するわけにはいかない。朝廷が封禅壇を管理する役人を派遣するのが習わしであったが、今の皇帝は、封禅壇のことなど、とんと気に留めていないのか、一人の役人も派遣してこない。そのため、泰山に道観を構える泰山派の道士が代わって管理していた。箒で埃をはいて、ごみを拾うだけの単純な仕事であるが、何しろ、封禅壇はでかい。それに、時折、カラスが不潔な落し物をしていくので、誰もやりたがらないのだ。それ故、泰山派の弟子の中でも下っ端の者の役目となっていた。
 少年は獲物を追う虎のように目を怒らせながら、箒を振り回した。と、カラスどもは、抗議するようにガアガアと喚き、羽をばたつかせながら、飛び立って行った。後に残ったのは、食い散らかした鼠の欠片。
「畜生!また、最初からやり直しじゃないか!この馬鹿ガラスどもが!」
 抗議したいのはこっちだとばかりにひとしきり罵ったが、もちろん、カラスに言葉が通じようはずがない。カラスどもはしばらく封禅壇の上空を漂った後、遠くへ飛び去った。
「はあ……どうすんだよ……このゴミ」
 封禅壇がカラスの止まり所になっているとは、国や皇位の暗澹たる行く末を暗示しているようで、何とも不吉であるが、少年はそんなことは思いもせず、鼻をつまみながら、箒で掃こうか、くずかごを持ってきて一つ一つ拾おうかと逡巡するばかり。すると、
「そこのヨウジョ――!」
 救いを求めるような悲鳴が封禅壇の下から聞こえてきた。ちょっとした小高い山ほどもある封禅壇の麓から発したのだから、相当のでかい声である。
 ヨウジョ?養女?妖女?そんなわけないし……もしかして、幼女……!
 暫し、首を傾げた少年は、頬を真っ赤に膨らませると、
「俺は幼女じゃねえぇぇぇ!十七歳のレキッとした、おとこ!男だぁぁぁ!」
 と、叫びながら振り返った。
 封禅壇の麓――文武百官が整列できる広大な広場の隅に襤褸切れをまとった中年の乞食が仰向けに倒れて、自分のことを見上げていることに気が付いた。右腕を震わせながら手招きしている。
「そうだ……!そこの娘!お前だ」
「だ・か・ら!俺は男だ!」
「男でも女でもいい!そこの童子!下りてこい!」
「俺は童子と言われる年じゃねえぇぇぇ!十七歳の男!それに俺のことを気安く呼びつけるな!泰山派の九番弟子――荘鐘馗とは俺のことだ!」
「何番目の弟子でもいい!そこの新人!さっさと降りてこい!俺は皇帝の密使だぞ!」
「だ・か・ら!新人じゃねえぇぇぇ!十年前に弟子入りして、九番目に拝師を受けた……えっ?皇帝の密使?」
 少年――荘鐘馗が、唖然として、乞食を見下ろした。ほぼ放置状態だった泰山に突然、皇帝が密使を送ってくるとは一体何事か。
「ええい!俺は掃除の途中で忙しいんだよ!師父がいる玉皇宮へ行けよ!」
「俺は瀕死の重傷を負って、これ以上動けねえんだ!見ればわかるだろう!この小僧!」
 瀕死の重傷という割には、やたらとでかい声を張り上げる乞食だ。
「遠すぎて怪我しているかどうかなんて見えるわけないだろ!くそ乞食!」
 鐘馗は、ぶつぶつ言いながらも、ゆっくりと石段を下り始めた。
「早く降りてこい!俺は妖魔に追われているんだ!もうすぐ追いつくぞ!」
「はあ?妖魔?」
 鐘馗は、広場の先、下り坂となっている崖の方に目を向けた。泰山は最高峰の玉皇頂を中心に険しい山々が連なる霊山である。封禅壇のあるこの丘は、泰山の中腹。四方が開けており、見渡せば、泰山派の道観「玉皇宮」がある玉皇頂の他、数々の名山を一望することができる。妖魔の潜める場所はない。
 鐘馗が、辺りをきょろきょろと見渡しながら下りていると、そうと気付いたらしく、乞食がまた叫んだ。
「俺は、紫禁城からここに来るまでずっと妖魔に追いかけられていたんだ!」
「妖魔が紫禁城から?」





偽宦官になって紫禁城でハーレム生活

 皇帝からの詔勅を得た泰山派の少年道士が偽宦官となって紫禁城に潜入する。美少女女官に囲まれてハーレム生活と思いきや、宮中は、悪宦官が権力を握り、妖魔が蔓延り、陰謀が巡らされる伏魔殿だった。果たして皇帝を救出できるのか?中華ファンタジー小説。

 妖魔との戦いは俺の専門分野と豪語する泰山派九番弟子の荘鐘馗はチビで女の子に間違われる容貌。武芸の腕は半端だが、肉眼で妖魔を見ることができる特殊能力を有する。
 宮中に妖魔が蔓延っているので救ってほしいとの皇帝からの詔勅を受け取った鐘馗は、紫禁城に乗り込もうとする。しかし、紫禁城は国中から選りすぐった美少女女官たちが集まる場所。男は全員、自宮し宦官にならなければならないという規則。鐘馗は女の子っぽい容姿が幸いし、自宮を免れ、偽宦官として潜り込むことに成功する。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
大滝 七夕
法学部在学中に行政書士、宅建等の資格を取得し、卒業後は、行政書士事務所、法律事務所等に勤務する傍ら、法律雑誌の記事や小説を執筆し、作家デビュー。法律知識と実務経験をもとにしたリーガルサスペンスを中心に、ファンタジーや武侠小説などを執筆している。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

posted by 大滝七夕 at 21:18| 今日の小説

2017年11月25日

火車組顛末記

火車組顛末記

PRノベル時代はライトノベル、時代小説を読めるオンライン小説サイト/ケータイ小説サイトです。息抜きに軽く読める小説がたくさんありますよ

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 火車組顛末記
               大滝七夕

一、棒手裏剣の十兵衛

 薄闇の中、愛宕山の膨らみかけた桜の蕾が寒風に揺られた。
 桜の木の下の縁台に腰かけた若侍は、その蕾を見上げてほっと一息ついた。
「若旦那。この一杯で今宵は店じまいですぜ」
 屋台の老爺が差し出したかけそばの椀を若侍が無言で受け取る。
 きっちりと髷を結い、袴に紺色の羽織姿。腰には一本の脇差を指しているだけであるから、愛宕下の大名小路辺りの武家屋敷に詰める藩士が夕餉代わりにそばを食べに出てきたのだろうか。
 身の丈は六尺に届くだろうか。鷲のような鋭い目つきが印象的なよく整った顔立ちの精悍な若者である。特別に大兵というわけではないが、無駄な贅肉は全くなく、武芸の稽古で鍛えていることが伺える。
 それにしてはよく食う。これで五杯目である。刻み葱が一掴み盛られているだけの二八蕎麦であるが、若侍は、無言でうなずきながら、かき込んでいる。
「もうすぐ桜が咲くっていうのに、今夜は寒くなりそうだねえ……」
 屋台の小柄な老爺が身をぶるっと震わせながら身を縮めた。古狸のような間抜けな顔立ちをしているが、時折、鋭い視線を若侍に向ける様は、ただの蕎麦屋の老爺とは思えない。
「俺は寒くない。もっと寒いところにいたからな」
 あっという間に、そばを食べつくした若侍が口を開いた。
「そりゃ、大したものですなあ。あっしは生まれも育ちも江戸なものですから、これ以上の寒さだと、屋台を担いで商売に出られねえですよ。若旦那は、北国の方ですか?」
「いや……俺も江戸で生まれた。幼少のころは奈良に行き、江戸にいたのは五年くらいだ。それから仙台に九年間行って、最近戻ってきたばかりだ」
「へえ……若旦那は藩士ではねえんですか?」
「亡くなった親父は旗本だ。俺は妾の子で末っ子。母も物心が付かないうちにいなくなり、今は家を出て浪人のようなものだ」
 ふと、ため息を漏らした若侍は、懐から半月状の刀の鍔を取り出して見入った。
 鶴の彫刻が施されている鍔だ。元々は円形の鍔であったのを真ん中で半分に分けたのだろう。
 もはや、刀の鍔としては使えないが、紐を通して首に掛けられるようにしているところを見ると、何かの形見だろうか。
 若侍を見やった老爺の顔に、一瞬、憂いの色が浮かんだ。
「若旦那みたいな立派な方なら養子の口がいくらでもありますでしょうに……」
「ふっ……養子になって、お役目なんぞについたら、人付き合いがわずらわしい。贅沢をしなければ浪人でも食っていける」
「若旦那は羽振りがよさそうですなあ……」
「いや。羽振りがいいんじゃない。無駄な物を持たないだけだ。俺は大刀を持たない。どうせ必要ないからな。大刀を処分して羽織を買った方がよっぼと役に立つ」
「へえ……確かに、太平の世で、大刀を腰に差しているのは馬鹿げたことですなあ……ですが、若旦那。近頃は、物騒なこともあるから気を付けた方がいいですぞ」
 老爺が周囲を見渡して声を潜めた。
 こんな寒い日は、皆、家に閉じこもっているので、人通りは少ない。もうすぐ、闇に包まれようとしている時刻ならばなおさらである。だが老爺は、重大な秘密を打ち明けるかのように若侍の傍に寄った。
「むっ……何かあったのか?」
「若旦那は知らねえですかい?去年の春、公方様のお世継ぎ様が急死なされた事件を……」
「ああ。知っている。鷹狩の帰りに急な病に罹られたって話か。確か、品川の東海寺で倒れたそうだな?」
 公方様のお世継ぎ様とは、十代将軍徳川家治公の嫡男徳川家基公のことである。
 幼いころから聡明で文武両道。政を老中田沼主殿頭意次に丸投げしている家治公とは違い、政にも関心を持ち、田沼主殿頭に対して意見することもあったとか。それだけに、家治公も十一代将軍として期待していたのだが、昨年、安永八年(一七七九年)の春、鷹狩りの帰りに、東海寺で突然体の不調を訴え、三日後にあっけなく亡くなってしまったのだ。
「それがどうも、ただの病じゃないみたいなんですわ……」
「うん……?」
 若侍も、身を乗り出した。
「実は、暗殺されたのではないかという噂なんですわ。どこかから飛んできた毒針を喉に受けたとか……側近の者がすぐに毒針を抜いたのですが、どうやら、解毒薬のない、異国伝来の猛毒が塗られていて、手遅れになってしまったとか」
「毒が塗られた針か……物騒だな……」
「全くで……ですから、若旦那もお気をつけください」
「うむ……しかし、爺がそんな裏話に詳しいのはどうしてだい?」
「こうして、屋台を担いで、あちこちを回っているといろんな噂話を聞きますからなあ……」
「ああ……そうか……」
 若侍は、汁も飲み干してしまうと、「はあ。うまかった」とお椀を老爺に返した。
 若侍がふと道に目をやると、身の丈五尺ほどの小柄な女が一人で歩いてきた。
 櫛巻の髪型に、桜色の小袖をまとい、帯には短刀があるのでどこぞの武家の娘だとわかる。左手には木刀袋を持っているので、どこかの道場で剣術の稽古をした帰りなのだろう。武家の娘であれば、武芸をたしなむのは珍しいことではない。
 異変が起きたのはまさにその時である。
 後ろから大小の刀を差した三人の狼藉者が駆けてきて、その娘を取り囲んでしまったのだ。
 娘は、三人を一瞥すると、さっと半身に構える。狼藉者が無言で抜刀して正眼に構えた。全員覆面をしており素顔が分からない。
「私を火付盗賊改方頭、贄(にえ)越前守の娘と知ってのことですか!」
 娘の鋭い一声が夕闇に響き渡る。狼藉者は無言。引き下がる様子もない。言わずと答えは知れている。
 娘は動じる様子がない。単に肝が据わっているだけでなく、それなりに武芸の心得があるようだ。
 だが、丸腰で大刀を持つ三人の男にどう対処するのだろう。帯の短刀程度では、役に立たないことは明白だ。ましてや木刀は、なおさらだ。
 若侍は、縁台に腰かけたまま、じっと四人の様子を見守るばかり。屋台の老爺も慌てる様子はない。辺りには他に人はいない。






火車組顛末記


「手裏剣術を極める」とは、己の手にある手裏剣を打ち出すことだけを意味するのではない。敵が打ち出した手裏剣を掴み取り、投げ返してこそ、初めて、極めたと言うことができる――大刀を捨て、棒手裏剣のみに賭ける甲賀忍の末裔が徳川家を守るために暗躍する。

「手裏剣術を極める」とは、己の手にある手裏剣を打ち出すことだけを意味するのではない。敵が打ち出した手裏剣を掴み取り、投げ返してこそ、初めて、極めたと言うことができる――仙台での武者修行を終えて江戸に戻った山岡十兵衛景宗は、甲賀忍の末裔にして、大刀を捨て、棒手裏剣のみに賭ける若き剣客である。
時は、安永九年(一七八〇年)。前年に十一代将軍と目されていた家基が品川の東海寺で病に倒れ亡くなった。だが、家基は病死したのではない。何者かが投げ打った毒針を喉に受け、その毒が元で亡くなったのだ。
十兵衛が師範代として江戸の秋葉道場に戻ると同時に、再び、毒針を喉に受けたことによる殺しが相次いだ。十兵衛の兄弟子柏田虎之助も被害者の一人。虎之助の仇を討つために、十兵衛は立ち上がる。
一方で、十兵衛は、狼藉者に襲われた火付盗賊改贄正寿の娘琴音を救う。琴音は、十兵衛の妹弟子でもある。共に行動する中で琴音との恋愛関係を深めていく。
やがて、敵の正体が遠賀疾風、妖女お艶という忍びが率いる棘(おどろ)組だと知る。十兵衛は棘組の手で危うく命を落とすところで、もう一組の忍び集団火車組に救われる。
火車組は吉宗が御庭番創設と同時に作った将軍の私的な忍び組織。その頭だったのが奈良奉行に栄転する前の亡父山岡景之。十兵衛は家治から直々に葵のご紋入りの脇差を賜り、火車組の頭見習いとして闘う決意を固める。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
大滝 七夕
法学部在学中に行政書士、宅建等の資格を取得し、卒業後は、行政書士事務所、法律事務所等に勤務する傍ら、法律雑誌の記事や小説を執筆し、作家デビュー。法律知識と実務経験をもとにしたリーガルサスペンスを中心に、ファンタジーや武侠小説などを執筆している。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

posted by 大滝七夕 at 16:24| 今日の小説
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